相手のためと思っても攻撃になることがある

コンシャスライフ研究所の井上阿佐子です。

エキカザム:5月17日の誕生花

エキカザム:5月17日の誕生花

今朝は、夫の出掛けにちょっとドタバタが。。。

 

出かける時、ズボンのベルトを締める前に背広を着たので「ベルトは?」と聞きました。

すると「もちろん、するよ!」と言うので、

「ベルトを締めてから背広を着た方がいいんじゃない」と言うと、

「別にいいじゃないか」との返事。

 

つい、「ベルトは背広を着る前の方が締めやすいでしょう!」と言い

それからいつも気になっていたので、

「ズボンを履く前に靴下を履くとかね」と続けてしまいました。

これは、でかけるとき、靴下の中にズボンの裾を入れたままでかけることがあるので、気づいた時は「先に靴下を履いた方が良い」と、前から言っていたことでした。

 

彼は

「◯◯先生も順番が大事って言っていたねぇ。

(これは着る順番ではなく、感謝する順番のことですが…)

ズボンを履いてからパンツを履いちゃいけないし~。

でも、俺は特に問題とは感じてないから、いいじゃないか」

と言って、でかけました。

 

いつもワイシャツをビラビラ出したまま平気で外を歩く人ですから、確かに問題とは感じないのでしょう。

ただ、私はとても不思議でした。

順番を変えるだけで無駄なこと(靴下からズボンの裾を出すとか)をする必要がないのに、どうしてそれをやらないんだろう?

と考えて思い出しました。

 

ある人にとってとても簡単と思うことが、

他の人にとっては難しいこともある。

 

そして、自分にとって簡単なことは、誰もが簡単にできると思い込んでしまいます。

もちろん、相手のためにと思って言うことかもしれませんが、それが攻撃(いじめとも言える!)になってしまいますね。

どんなに相手のために良いと思うことでも、時期が重要です。

 

相手がそれを受け取る気持ちになっているか否か。

今がその時期でなければ、さっさと引くことですよね(自分に言い聞かせなければ!)。

そして、同じようなことが自分にないかを考えます。

相手にとって簡単にできて「やったら?」と言われるようなことで、自分が抵抗していることは何か?

自分が相手のために「やった方が良いよ」と言っているなら、相手も必ず自分のために言っているはずですから。

人は鏡ですから、自分が変われば相手も変わりますよね!

 

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