子孫へのラブレターのヴァリエーション

コンシャスライフ研究所の井上阿佐子です。

アマドコロ:5月23日の誕生花

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昨日のブログに書いた「子孫へのラブレター」のことをトークライブで聞きながら、実は別のことを考えていました。

最初にひっかかったのは”ラブレター”という言葉です。

どうして「子孫へのメッセージ」でなく”ラブレター”なのか?

 

トークライブで語られたのは、

”ラブレター”は「受け取ってもらえないかもしれない」という不安が伴う。

そのことがチャレンジとなり、その想いが子孫に伝わる。

ということのようでした。

それは、なるほどと思います。

ただ、私は”ラブレター”という言葉から、一対一で向き合った自分の想いを伝える感じがしたのです。

そんなことを考えていた時に、ふと思ったのは、親が子どもに対して「◯◯(子どもの名前)へのラブレター」を映像として残すと良いな、ということでした。

 

日本人はあまり「愛している」という言葉を口にしませんよね。

夫婦でも少ないのですから、親子ではもっとないでしょう。

面と向かって言うのは、恥ずかしいし、言われた方も照れますよね。

でも、映像でライブラリーとして残しておけば、子どもが見ようと思った時に見ることができます。

 

私は、反抗期は必要な時期だと思っています。

親を否定したり反抗したりするのは、自我を確立するためのプロセスのようなものです。

そんなときは、何を聞いても受け取ることができません。

「自分の方が正しい!」と思い込んでいるわけですから。

でも、そういう時期を過ぎると、親を否定しなくても自然に自分を維持できるようになります。

そして親ではあるけど、ひとりの人間としても向き合うようになります。

 

実は、私はとても傲慢な人間なので、社会人として自立してから、自分が親と対等な存在であるような気がしていました。

当時は、自分が子どもの頃の親の気持ちや想いなど、考えたこともありませんでした。

 

でも、いろいろ学ぶ過程で、親がどれほど自分を想い、愛していてくれたかに気づくことができました。

それは、私の人生にとって大きな収穫でした。

でも、もし、自分が自立した時期に、過去に録画していた「親からのラブレター」を見ていたら。。。

自立したからこそ理解できる親の想いが、もっと早い時期に受け止めることができたのではないかと思うのです。

 

例えば、卒業(小中高など)の時期に、印象に残った思い出や、普段、直接言いにくいことを映像にとっておく。

親の目線を感じることができる素敵なラブレターが残っているって素敵じゃないですか!

私だったら、ひとりでこっそり見たいと思いますね(笑)

それに母を数年前に亡くしていますから、その映像があれば、自分ひとりの一生の宝物になったと思います。

普段、言葉にして伝えることが苦手な方こそ、お子さんがいたらやってみませんか!

 

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