小さな感情の波立ちに気づく

コンシャスライフ研究所の井上阿佐子です。

ガマズミ:6月22日の誕生花

ガマズミ:6月22日の誕生花

今日から少し、スピリチュアルな世界での私の体験を書いていこうと思います。

 

おとといのブログ『「幸福の王子」から「塩狩峠」へ』で、ある新興宗教にはまりそうになったことを書きました。

20代後半だったと思います。

そこは信頼できる人のアドバイスで回避したのですが、35歳のとき別のルートでスピリチュアルな世界に触れることになります。

 

学生時代の友人が紹介してくれた、気功の先生との出会いがきっかけでした。

私より若い男性で、交通事故で臨死体験をしたあと、見えないものが見えるようになったり、気功治療の能力がついたという方でした。

月に2~3度、山奥のその先生の自宅に仲間たちが集まって、いろいろなことを教えてもらいました。

瞑想したり、操体法・操美法といった身体のバランスを整える手法を学んだり、気功法の合宿などにも参加しました。

 

当時の私はコンピュータのシステム開発と管理職の仕事をしていて、平日は朝から晩まで仕事です。

自分の仕事はもちろん、管理職ですから部下の仕事が進まなければ残業するのは当たり前。

土曜日はいつも寝て過ごしました。

土曜日にでかける予定があるときは、日曜日に一日寝ています。

2日ともでかける予定は初めから入れないし、入れる場合は翌月曜日が祝日か有給をとるという感じです(笑)

35歳で管理職となると、仕事はある程度予測がつくようになります。

新たに学ぶことはあっても、若いころのような新鮮さはありません。

スピリチュアルな世界はまったく知らないことばかりで、すごく新鮮でした。

 

だから、山奥のその先生の家に行っていろいろなことを教えてもらうのがとても楽しかったのです。

一緒に学ぶ仲間も、面白い人がたくさんいました。

そして、そこで一番良かったのは感じることの価値を知ったことでした。

 

例えば、「みんなで散歩に行こう!」という流れになったとき、私は散歩へ行きます。

小学校のときから学んできた、集団行動にならうわけです。

でも、そこには「私は行きたくないから、部屋で本を読むわ」という人がいたりします。

最初は驚きました。

「みんなで散歩に行こう!」という流れになったとき、私は自分が行きたいか、行きたくないかなど考えたことがなかったからです。

そして「自分は行きたいのか?行きたくないのか?」と考えてみても、どっちかわからないことに気づきました。

人に合わせることに慣れすぎて、自分がどうしたいのかを感じることができなくなっていたんです。

「散歩に行きたいか、行きたくないかなんて、どっちでも良いんじゃない?」と思うかもしれません。

でも、”自分がどうしたいのかを感じる能力”と、”自分がどう生きたいのかを感じる能力”って同じようなものだと思いませんか?

 

そこで、私はどうでも良いようなことでも「自分はしたいのか?したくないのか?」を意識的に感じてみるようにしました。

最初は自分がどうしたいのか、ぜんぜんわからなかったのですが、次第にわかるようになってきました。

この小さな感情の波立ちに気づくことが、実はとても重要だということが後になってわかります。

 

大きな感情(怒り、悲しみ、嫉妬などなど)は、感じれば気づくことができます。

ところが、微細な感情は、理性で抑えてしまうと気づくことができません。

そしてその気づかないうちに蓄積された微細な感情が、大きな感情をうみだします。

 

この時期に、自分の微細な感情を意識的に感じるワークができたことは、とても良かったと思います。

※一応、明日に続く予定です。

 

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