コンシャスライフ研究所の井上阿佐子です。
今日読んだ雑誌に「今、私達が持っている”自然”という言葉の概念は、明治期以降のもの」というようなことが書いてありました。
”自然(しぜん)”
辞書の第一義には「山や川、草、木など、人間と人間の手の加わったものを除いた、この世のあらゆるもの」とあります。
ただ、これは明治期に”Nature”という概念が日本に入ってきた時、それを”自然”と訳したというのです。
※日本にも元々”自然(シゼン・ジネン)”という熟語は古く(室町時代とか)からあったようですが、上記の第一義にあるような概念はなかったそうです。
つまり、日本人は「山や川、草、木など、人間と人間の手の加わったものを除いた、この世のあらゆるもの」としての”自然”の認識がなかったということですね。
それは、あまりにも”自然”と共存していたためではないかと思います。
例えば、空気があるとき私達は空気の存在を認識しません。
なくなって初めて認識します。
そんな感覚だったのかな、と思います。
何千年も”自然”と密接に関わりながら共存してきたことが、すごいと思いました。
愛や、健康や、安全や、幸福感なども同じですね。
異文化や他人に触れることで、気づくことができるかもしれません。
そこで気づけないと、自分が失って初めて気づくことになります。
失うのは辛いことですが、気づけば前進することができますよね。
あきらめなければ、また手に入れることができるはずです。
今日、そんなことを思いました。
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