明治になるまで”自然”はなかった

コンシャスライフ研究所の井上阿佐子です。

エンレイソウ:7月24日の誕生花

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今日読んだ雑誌に「今、私達が持っている”自然”という言葉の概念は、明治期以降のもの」というようなことが書いてありました。

 

”自然(しぜん)”

辞書の第一義には「山や川、草、木など、人間と人間の手の加わったものを除いた、この世のあらゆるもの」とあります。

ただ、これは明治期に”Nature”という概念が日本に入ってきた時、それを”自然”と訳したというのです。

※日本にも元々”自然(シゼン・ジネン)”という熟語は古く(室町時代とか)からあったようですが、上記の第一義にあるような概念はなかったそうです。

 

つまり、日本人は「山や川、草、木など、人間と人間の手の加わったものを除いた、この世のあらゆるもの」としての”自然”の認識がなかったということですね。

それは、あまりにも”自然”と共存していたためではないかと思います。

 

例えば、空気があるとき私達は空気の存在を認識しません。

なくなって初めて認識します。

そんな感覚だったのかな、と思います。

何千年も”自然”と密接に関わりながら共存してきたことが、すごいと思いました。

 

愛や、健康や、安全や、幸福感なども同じですね。

異文化や他人に触れることで、気づくことができるかもしれません。

そこで気づけないと、自分が失って初めて気づくことになります。

 

失うのは辛いことですが、気づけば前進することができますよね。

あきらめなければ、また手に入れることができるはずです。

 

今日、そんなことを思いました。

 

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