心から相手の幸福を祈る愛

コンシャスライフ研究所の井上阿佐子です。

セントポーリア:2月10日の誕生花

セントポーリア:2月10日の誕生花

昨日のブログで「無償の愛」について書き、「真実の愛」「永遠の愛」について少し触れました。

”愛”は感情であり、変化するものだから、永遠の愛を誓うことはできない。

今、この瞬間に”愛”があることに意味がある、と思っていました。

 

そんな私が昨日の朝、ふと「夫は私の半身だな」と思ったのです。

最初は本当に、”ふと”、そんな思いが浮かんできたんですが、

後から考えると、彼の誕生日の2月24日に『井上祐宏バースデイトークライブ』を開催する、との告知メールマガジンを送付するように頼まれたからかもしれません。

そこには、

3月12日に「子孫へのラブレター」をテーマにした書籍『今日が最期だったら誰に何を伝えますか?死ぬ時に絶対後悔しない方法がある もっと早く出会いたかった!』(コスモ21刊)の出版が決まったこと。

そして、彼が二十歳のある日、家で父親が亡くなったときのこと(彼は父一人子一人で育っています)。

今年33回忌で、お墓参りに行ったこと。

そして、2月24日にお父様が亡くなったのと同じ53歳になるということ。

だからこそ、『バースデイトークライブ』を開催することを決めた、と書かれていました。

 

このメールマガジンの原稿を読んでメール送付し、それから家のことをいろいろとやってお茶を飲もうとソファに座ったとき、感じたんです。

「彼は私の半身だな。もし、彼がいなくなったら、

私は身を切られるような思いをするのだろうな」と。

もちろん、私は結構早く立ち直るでしょうし、

たくましく生きていく自分しか想像できませんが、

それでも「本当にかけがえのない存在になっている」と感じました。

 

それから、自分で自分にいじわるな質問をしてみました。

「死別でなく、彼に好きな人ができて別れる場合はどうだろう?」と。

 

ところが、そう思っても、不思議と怒りが想像できないんです。

彼が去って、ひとりぽっちになる寂しさは想像できますが、

彼への恨みや憎しみが湧いてくる気がしない。

そして、「この世界のどこかで幸せに生きてくれれば良いな」

という気持ちの方がしっくりくるのです。

 

私自身が驚きました!!

これって男女の愛とは少し違ったもののように感じます。

もちろん、実際にそうなったときに、どんな感情が湧いてくるかはわかりません。

私に好きな人ができるかもしれませんし(^^;)>

(私は「恋に落ちる」人なので、確率は私の方が高いと思います!)

 

それでも、

どんなに関係性が変わっても、『心から相手の幸福を祈る愛』

というものがあることに気づくことができました。

子どもが巣立って行く時の、親の愛も同じかもしれませんね。

 

これこそが「永遠の愛」であり、「真実の愛」な気がしました。

 

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