コンシャスライフ研究所の井上阿佐子です。
昨日ブログに書いたできごとから、人は誰もが「根源的なさみしさ」を持っていると感じました。
それは「わかってもらえない」という”さみしさ”からくるのだと思います。
胎児の状態を思い浮かべるとわかりやすいと思います。
お母さんのお腹の中にいるときは、「暑さ寒さ」も、「お腹が空いた」ということもありません。
ぬくぬくした羊水の中にプカプカ浮かんで、いつも包まれた心地良い感覚です。
ところが、生まれるとお母さんと分離します。
「お腹が空いた」と思っても、なかなかミルクが来なかったりします。
暑苦しくて泣いていてもママは「ミルク?」「オシメ?」と、してほしいことをわかってくれません。
「どうして、わかってくれないの!」は、最初”怒り”ですが、
「どうせ、わかってもらえないのよ」となると、”さみしさ”になります。
つまり、一体感を求めているのに得られない”さみしさ”ですね。
母親との一体感から分離することでこの世に生まれる私達が、この一体感を求めるのはある意味、自然なことだと思います。
でも、分離したからこそ味わえる感情や体験があるはずです。
さみしさを感じる回路を閉じないと、泣けてくる日もあるかもしれません。
でも、別のものを得ていることに気づいた上で、さみしさを感じてあげるのも良いのではないでしょうか。
もし、私に夫がいなかったら「さみしさとどうつきあっていたのかなぁ」と考えてみました(^^;)>
”もし”だからわからないけど、
望む未来(ビジョン)を持つことができたら、
ときどきはさみしくても、
きっと元気に進んでいくんだろうな、
と思いました。
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