コンシャスライフ研究所の井上阿佐子です。
昔、学生起業家を育成する仕事をしていた頃、組織論について学ぶ機会がありました。
7~8年前だと思いますが、その頃話題になった複雑系の組織論です。
これまでの会社組織はヒエラルキー(主にピラミッド型の段階的組織構造)でした。
それが、今後はネットワーク型になり、情報共有により個人の自己判断と自己責任で連動した行動ができるような組織を目指すという話だったと思います。
NHKスペシャルでヒエラルキーの代表と言える軍隊が、将来ネットワーク型になるという話もあったことを記憶しています。
と言っても、ここで組織論を語るつもりはありませんのでご安心ください。
その勉強会の日までに、1冊の複雑系組織論に関する本を読むことが課題になっていました。
で、読もうとしたのですが、ものすご~く難しい本で、何が言いたいのかまるでわからず、1/5程度を読んだところで勉強会当日になってしまいました。
(本の題名は忘れてしまったのですが。。。)
参加者の7割がよくわからないままだったので、読みきった一人が内容を要約してくれることになりました。
で、説明された中に「神の否定」という言葉がありました。
つまり信仰の世界こそ、究極のヒエラルキー(神がトップ)であり、複雑系の組織はそうではないということらしいのです。
そのとき、組織のトップがこう言いました。
「自分は特定の宗教を持たない。
ただ、強い信仰を持った人の中に素晴らしい人がいることを私は知っている。
だから、信仰を否定するのが複雑系だとしたらしっくりこない。」
また、他のメンターの方(一部上場企業のトップを勤めた経験がある)も
「経営をしていると”神の手”が動いているとしか思えないことが起きる。
あれはどうなんだろう。」
とおっしゃいます。
そこでいろいろ議論が始まりました。
結局、神論ではなく組織論の場だったので、その場はうやむやに話を進めてしまいましたが、帰りの電車で私なりの納得する解を得ました。
実は、本には「神の否定」と同時に「宇宙を創造した意志がある」とも書かれていたのです。
この「宇宙を創造した意志=創造主」と考えると「神の否定」と「創造主の肯定」となり、矛盾しますね。
そこから、神(創造主)と言っても、2種類あるということに気づいたんです。
それは、『信じる神』 と 『感じる神』 です。
『信じる神』は、救いを求めたり、すがったりする外側の神です。
『感じる神』は、内側にあります。
メンターの方が言う「経営者として最大限の努力をしたうえで感じる”神の手”」。
これは信じるとか信じないとかではなく、感じてしまう ”神” です。
また、トップの言う「強い信仰を持った素晴らしい人」も、自分の内側にある神を感じて、自分のなすべきこと(志)に向かっているのではないかと思います。
つまり、宗教家でも、外側の神を信じている人と、内側に神を感じている人がいるということです。
なぜ、急にこんな話をするかというと、今日は夫の主催する『魂の経済革命家養成講座』が東京でありました。
私もスタッフとして参加しましたが、そこで、7つの違いについての講義がありました。
その1つ目が、「信じることと、信頼することは違う」というものだったからです。
『信じる』 のは、知らないから信じる。
知っていれば信じるとは言わない。
外側にあるから信じることになる。
『信頼する』 は、たとえ裏切られても自己責任と思える。
内側で相手を感じ、その感覚を味わうことから信頼が生まれる。
これは昔、『信じる神』と『感じる神』があると気づいたことを思い出させてくれました。
『信じる』とき、その拠り所は ”正しさ”ではないかと思います。
「◯◯が正しいから信じる」
すると◯◯以外は否定(拒絶)しなければならず、争いが起きます。
そして、正しさは絶対ではありません。
その正しさが変化したとき、
「◯◯は間違っているから信じられない」に変化してしまいます。
そして「信じていたのに裏切られた」と被害者になってしまいます。
もちろんこれは宗教だけでなく、思想や哲学、主義などにも言えるでしょう。
自分が自分の内側で感じ、味わったことは否定のしようがありません。
変化しても被害者になることもありません。
それこそが自分らしく生きるということに繋がるのだと思います。
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